SNSで心ない言葉を浴びたとき、まず気になるのが「名誉毀損になるのか?」という点。結論から言うと、「ばーか」「わかるかあほ?」のような単発の悪口は、通常は名誉毀損(刑法230条)よりも〈侮辱〉(刑法231条)や民事の〈名誉感情の侵害〉として評価されやすい。ただし、場面・回数・周辺の文言によって結論が大きく変わります。
特に2022年の刑法改正で侮辱罪の罰則が大幅に強化され、公訴時効も延長されました。本稿では、最新の法制度・実務傾向を踏まえて、判断のポイントと「今日からできる対処」を分かりやすく整理します。
1. なぜ通常は名誉毀損ではないのか
名誉毀損罪(刑法230条)の核心は「公然と具体的事実を摘示し、人の社会的評価を低下させること」。
- 例:「詐欺をした」「横領した」など、真偽を問える具体的事実の断定や流布。
一方「ばーか」「わかるかあほ?」は、事実の摘示を伴わない価値判断(意見)にとどまるため、通常は名誉毀損の要件を満たしません。
ただし:事実と意見が混在する場合(例:「詐欺師の馬鹿」)や、「横領しただろ」等の事実適示の抱き合わせがある場合は、文脈全体で名誉毀損性が判断され、名誉毀損に発展する余地があります。
さらに、真実性・公益性の抗弁(刑法230条の2)が問題になることもあります。
2. それでも侮辱や民事責任に当たり得る理由
2-1. 侮辱罪(刑法231条)
- 事実摘示なしに公然と人を侮辱する行為を処罰。公開ポストやオープン返信は通常「公然」に当たり得ます。
- 2022年7月施行の改正で罰則が強化:
「1年以下の懲役・禁錮、30万円以下の罰金、拘留または科料」に拡大。
これに伴い公訴時効は3年(刑訴法250条の体系に連動)。 - 実務では悪質性(継続性・執拗さ・影響力)が重視され、立件が現実味を帯びるケースが増えています。
2-2. 民事:名誉感情の侵害(民法709条+710条)
- 社会的評価の低下に至らない侮辱・誹謗でも、人格的利益(名誉感情)の侵害として慰謝料が認められることがあります。
- 一方、民事の名誉毀損は社会的評価の低下が要件。
- 金額は文脈・拡散規模・継続性・被害の程度で大きく変動(数万円〜数百万円の幅があり得る)。
3. 文脈で結論が変わるチェックポイント(重要)
- 繰り返し・執拗さ:連投、粘着的なタグ付け、期間の長さ。
- 拡散規模:フォロワー数、引用・まとめサイト等の二次拡散。
- 事実適示の有無:悪口に具体的事実が混在していないか。
- 業務・取引への影響:顧客離反を誘導する表現等。
- 例:「この店は詐欺だから利用するな」→ 文脈次第で民事の営業妨害や刑法233条(信用毀損・業務妨害)が視野。ただし虚偽・意図・具体的損害などの立証が鍵。
4. 実務対応フロー(今日からできる)
ステップ1:証拠保全(最優先)
- 投稿URL/ユーザーID/日時/スレッド全体をスクショ+テキストで二重保存。
- アーカイブサービス(例:Wayback Machine 等)や端末内の連番スクショも併用。
- 日時は具体時刻表示に切替えて撮影。前後のやり取りも一括保存。
ステップ2:プラットフォーム通報・削除申請
- カテゴリは「嫌がらせ・ハラスメント/侮辱」等。状況により「攻撃的行為」「ヘイト」も検討。
- 通報文には「何回/いつからいつまで/どの投稿」を具体的に。
ステップ3:削除要請・警告(やるなら弁護士名で)
- 個人DMは非推奨(エスカレートや二次被害のリスク)。
- 実施する場合は弁護士名の内容証明が実効的(費用の目安:数万円〜)。
ステップ4:発信者情報開示の検討(悪質時)
- プラットフォーム→プロバイダの順で発信者情報開示を請求。
- 2022年改正(新手続)により、裁判所経由の開示関係情報提供命令等で迅速化。
- とはいえ、費用(数十万円〜)と期間(数ヶ月〜)を見込むのが現実的。損害賠償請求と併走することも。
ステップ5:刑事相談(侮辱罪ほか)
- 悪質・継続・影響大なら警察・弁護士へ。
- 親告罪の告訴期間は「犯人を知った日から6か月」(刑訴法235条)。起算点に注意。
- プロバイダのログ保存期間は概ね数か月に限られることが多く、初動が命。
5. ケース別の目安
- 軽微(単発・拡散小):証拠保全 → 通報 → ミュート/ブロック。
- 中程度(複数回・小〜中拡散):証拠保全 → プラットフォームの強めの削除要請 →(必要に応じ)弁護士経由の警告書。
- 悪質(執拗・大拡散・業務影響):弁護士へ直行。開示請求+損害賠償、必要なら刑事相談。
6. よくある誤解Q&A
Q1:悪口なら何を言っても犯罪にならない?
A:いいえ。侮辱罪に当たり得ます。内容・態様次第で名誉毀損や業務妨害に広がることも。
Q2:相手が先に失礼だった。言い返しただけは正当防衛?
A:表現行為の応酬は正当化されにくい。反撃は自分の法的リスクを上げます。
Q3:鍵アカなら安全?
A:鍵アカ投稿単体では公然性が否定される余地もありますが、スクショ拡散があれば別問題になります。
Q4:投稿が削除されたらもう追及できない?
A:証拠保全済みなら追及可能。ただしログ保存は一定期間に限られるため、早期対応が必須。
7. “削除要請”テンプレ(弁護士経由推奨)
件名:当該投稿の削除および同様行為差止めのお願い
〇〇様(または運営ご担当者様)
〇年〇月〇日〜〇日にかけ、貴アカウントより、私に対して「ばーか」「わかるかあほ?」等の侮辱的表現を含む投稿(URL:___)が行われました。
当該投稿は、私の名誉感情を著しく害し、社会的評価にも悪影響を与えかねない内容です。
つきましては、当該投稿の削除および今後の同様行為の差止めを求めます。
証拠(日時・URL・スクリーンショット等)は保全済みです。
〇年〇月〇日 署名(代理人弁護士名・連絡先)
※個人での直接要請は、氏名・連絡先が相手に伝わるなどのリスクがあるため、弁護士経由を推奨します。
8. NG対応(やりがちだけど厳禁)
- 感情的な反撃・晒し返し(相手のアカ非公開化やスレ削除で証拠が散逸、自分のリスク増大)。
- 実名や私生活の暴露(こちらが名誉毀損・プライバシー侵害の加害者に)。
- 独自解釈の法的脅し(逆効果。必要なら弁護士名で)。
9. まとめ(要点のおさらい)
- 「ばーか」「わかるかあほ?」単体は、通常名誉毀損よりも侮辱・名誉感情侵害として扱われやすい。
- 回数・拡散・事実適示の混在・業務影響で結論は変動。
- 実務は証拠保全 → 通報/削除 →(必要に応じ)開示・請求/刑事相談が基本線。
- 侮辱罪は2022年改正で厳罰化・公訴時効3年。親告罪の告訴期間は「犯人を知った日から6か月」。
- 初動がすべて。保存→通報を最優先に。
免責(ディスクレイマー)
本記事は一般的な情報提供であり、法的助言ではありません。投稿内容・文脈・証拠状況により判断は大きく変わります。必ず弁護士等の専門家へご相談ください。
付録:実務の小ワザ・チェックリスト
- スクショはアカ名・ID・日時・URL・スレ全体が入るように。
- 同一相手の投稿は時系列で並べて保存(連続性の立証に有効)。
- 通報文は回数・期間・具体URLを明記。
- 訴訟・開示請求は費用と時間の見積りを。ログ期間が切れる前に動く。
- 公的機関・ガイドライン(総務省「プロバイダ責任制限法ガイドライン」等)も参考に。